Yes CONDOM, No LIFE.

ゴムすりゃ宿る命なし

トンビが産むのはタカかヨタカか

 

先日電車に乗っていると、小学校低学年くらいの男の子が母親に手を引かれ乗車してきた。席に座るや否や母親は算数ドリルを取り出し、男の子に手渡した。
問題を解き始める男の子。だが当然電車の中で集中できる訳もなく、すぐに手を止めてキョロキョロと辺りを見回す。
それを見た母親が問題を解くように促す。男の子はまた問題を解き始め、すぐに辺りをキョロキョロと見回す。
トンビが産むのはタカかヨタカか。

 

宮沢賢治の著書に「よだかの星」というものがある。主人公のよだか(正確にはヨタカ・夜鷹)は、名前に反してタカとは似ても似つかない醜い容姿をしていた。ヨタカは鳥たちから忌み嫌われ、誰からも必要とされなかった。「よだかの星」はそんなヨタカの苛み・自己嫌悪といった心情面を中心に、ヨタカの一生をうまくまとめた短編作品である。

この作品は現在でも評価が高く、僕はこれまでに3度も読んだ。文学的なセンスがまるで無いので、全く良さが分からなかった。何周読んでも何を伝えたいのか理解ができなかった。ぜひ読んでみることをオススメする。(説得力ねぇよ)

 

そんな、トンチンカンでお酒が大好き、靴は靴底がペラッペラになるまで履き倒す僕だが、こう見えても昔は頭の回転がめっぽう早かった。賢かったのは小学4年生くらいまでで、以降は努力せずに頭が悪くなるか、努力をしてようやく周りと戦えるかという具合だが、昔は心地の良いほどに持て囃されていた。

IQテストでは、測定できる範囲を超えていた(IQ●●以上みたいな)。僕自身覚えていないのだが、国数英では全国で30位近辺だったと言われた。屋根から雪が落ちるのを見て、重力を用いた発電方法をひらめいた(数年後に調べ、水力発電の原理がそれであることを知って少し凹んだ)。

そんな僕を見て、母は良く「トンビがタカを産んだ」と喜んだ。

 



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僕は産まれてから、ずっと勉強をさせられていた。中学生の頃まで僕は、地獄の中にいた。
遊び盛りの小学生の時、友達と遊んでいても、勉強があるから僕だけ先に帰宅した。
友達と盛り上がり、勉強を忘れ、時間を越えても遊んでいると、母親から怒られた。

今だから分かるが、これは母親のとてつもなく大きな愛だ。母親は自分の見栄の為に勉強をさせていたのではなく、僕の人生の為に勉強をさせていた。
でも当然、当時の僕はそんなことなど理解できない。勉強を頑張った人が幸せなのを見たことがない。見たことがあるのは、幸せそうに遊ぶ友人たちだけである。

 

勉強尽くしの毎日、その反動は中学生の時に来た。小学生の時にあった知識の貯金を食いつぶすかのように、僕は勉強に追われる日々から逃げ出した。毎日10分くらいだけ勉強し、他の時間はずっとゲームをしていた。
鷹ではなかった僕は、どんどん頭が悪くなっていった。

当然僕は第一志望の高校に落ちた。それでも無意味に刷り込まれていた「良い大学に入る」という目標だけは心の奥にあり、高校二年生の夏まで途方もなく遊び、二年の夏からひたすら勉強をしようと決めた。勉強をさせられていた僕が、初めて自分から勉強を始めた時だった。

この計画が功を奏し、僕の人生はうまく軌道に乗り始めた。持ち前のあがり症で本命大学こそ大コケしたものの、勉強をする習慣は何があっても手放せない宝物になった。

 


グズグズとくだらないことばかり書き連ねたが、親に勉強をさせられていた僕が、自分で勉強をするようになって思うことがある。
僕の母親が産んだのは、鷹ではなく、鷹にも似ていないヨタカである。頭の回転が早かったのは僕が特別なのではなく、少し勉強しただけの、若く柔軟な頭が見せた幻想だ。

 

鷹の育て方を知らないトンビは、鷹なぞ産み育てられないと僕は考える。
鷹を育てられるのは鷹自身か、自分が鷹ではなくヨタカであることを自覚したヨタカだけだ。

 

同時に、自分が鷹であると錯覚したヨタカは、自己研鑽を怠り、みるみる自己の価値を貶める。



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宮沢賢治の「よだかの星」では最後、ヨタカは誰からも必要とされなかったが故、燦々と煌めく星になる。
ともすると、ヨタカに産まれてなお星のように輝く可能性を持てるのもまた、ヨタカであることを自覚したヨタカだけなのかもしれない。

 

ロック、テクノ、ロングヘアー

*動画を埋め込みにすると異常に重いので、動画はリンクにしました。

 

僕は音楽が好きだ。聴くのが好きだ。色々なジャンルの音楽を聴く。そんな中で、自分はどんな音楽を選り好みして聴いているのか真剣に考えてみた。特徴のある個性的なアーティストが好きだが、もっと具体的にしてみると大体4種類くらいに分けられた。

 


1.歌詞の良い曲
歌詞の良い曲が好きだ。実際はそこまで気にしないが、歌詞が良ければ尚いい、付加価値のようなものだ。
詩的・物語的で好きな歌詞、純粋に何かを感じられる歌詞、キラーワードの含む歌詞、様々である。

 ・筋肉少女帯(『香菜、頭をよくしてあげよう』『機械』『生きてあげようかな』)

奥華子(『楔』『笑った数』『境界線』)

 


2.勢いのある曲
単純に何も考えずに聴けるから楽だ。しかも元気になるし格好いい。演奏レベルの高いアーティストが好きで、意外とヘヴィメタル的なものもよく聴く。

・SOUL'd OUT(『TONGUE TE TONGUE』『TOKYO通信』)

聖飢魔II(『HEAVY METAL IS DEAD』『NO GOOD NEWS TODAY』『悪魔のプルース』)

人間椅子(『相剋の家』『道程』『怪人二十面相』『品川心中』)

 

 

3.男女ボーカル混在している曲
中々いないがこれがいい。飽きない。

SUPERCAR(『Lucky』)

Base Ball Bear(『LOVE MATHEMATICS』『神々LOOKS YOU』)

どちらも実はあまり聴きません。

 


4.テクノ?っぽい曲
自分でも書いていて意味が分からない。もはやジャンルである。でも正直テクノなどのジャンルの知識がないので、「っぽい曲」と書いた。ピコピコ鳴ったりするアレである。

Perfume
・きゃりーくそぱみゅぱみゅ
電気グルーヴ(『N.O.』『スネークフィンガー』『Shangri-La』)

Perfumeときゃりーくそぱみゅぱみゅは皆知っていると思うので曲は割愛した。きゃりーまじくそぱみゅぱみゅは嫌いなのに曲は好きになっちゃうからヤスタカは結局凄いよね。

 


思った以上に長くなったが、本題はここじゃない。本題はここじゃないのだ。本題はここじゃない。前置きが長くなりすぎたので極端に本題はここじゃないことを強調しております。本題はここじゃない。

上記の2〜4をいっぺんに満たしたアーティストがいる。POLYSICSである。歌詞は良くない。マジクソ言ってる意味は分からない。でも他は良い。

 


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POLYSICSはあまり日本で有名ではないがイギリスでは少しだけ人気の日本人アーティストだ。曲を検索したら割と3番目くらいにイギリスのライブ映像が出てきたりもする。

 

POLYSICS - Coelakanth Is Android (Wireless Festival UK 2007 Live) - YouTube

人も集まってるし盛り上がってるけど、客の盛り上がり方が意味不明なのが少し面白い。

 

メインのヴォーカルはハヤシで、二本のマイク(普通のマイクとエフェクトの入ったテクノ調のマイク)を使い分けるスタイルが特徴的だ。
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POLYSICSはメンバー構成で大まかに前半後半に分けられる。

前半は、メンバーにカヨがいた頃である。
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可愛い。カヨの担当は、シンセサイザーとヴォーカルで、一応メインのヴォーカルはハヤシなのだが、カヨのいた頃は比較的カヨの歌う部分も多い。『New Wave Jacket』や『Black Out Fall Out』のように、カヨがメインになる曲もある。

 

Polysics - New Wave Jacket - YouTube

 

Polysics - Black Out Fall Out (Music Video) - YouTube

 

僕はどちらかと言うとカヨのいた頃が好きだ。カヨとハヤシのバランスがなんともいい。しかもカヨのあの雰囲気。たまらん。落ち着きのある髪の長い娘が好きである。カヨのあの落ち着きある雰囲気。好きである。カヨのインタビュー時に全く動かない機械的なキャラクターも好きである。カヨのいた頃のPOLYSICSが好きというよりかはカヨが好きである。僕は多分カヨが好きなのである。

 

ただ6年前にカヨが脱退し、今はハヤシとフミとヤノの3人構成となった。

カヨが脱退してから、ハヤシとフミのヴォーカルで、相変わらず一定の男声女声の比率は維持している。これは素晴らしい。


ちなみに僕はフミが髪を伸ばした頃のPOLYSICSも好きである。もう簡潔に言うが、もはや単純に髪の長い娘が好きなのである。
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髪の長いフミの画像が見つからなかったのでこれで勘弁してほしい。うん、まぁまぁ可愛いんじゃないかな(うるせぇよ)

 

POLYSICSの面白いところはここ(女性の髪の毛が長いところ)だけにとどまらない。
僕の経験上、激しいロックとテクノっぽさ(ピコピコ鳴るやつ)は共存しない。上述した、Perfume(髪の長い娘が好きなのでかしゆかが一番好きである)や、きゃりーくそマジで調子に乗るなよぱみゅぱみゅ(髪は短い)などからも分かるが、ノリの良さはあっても激しさは無い。激しいロックとテクノっぽさ(ピコピコ鳴るやつ)が共存しているアーティストを、僕はPOLYSICSの他に知らない。

 

POLYSICS Young OH! OH! pv - YouTube

 

POLYSICS Pretty Good PV (HD) - YouTube

 

POLYSICS 『MEGA OVER DRIVE』 - YouTube

 

 

長々とPOLYSICSについての愛を述べたが、やはり僕はカヨのいた頃の曲を聞きがちなところがある。脱退してからカヨは何をしているのか。ソロで活動していないか。気になったので調べてみることにした。

WikipediaPOLYSICSのカヨの項目より)
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なんということだ。僕の大好きなカヨが音楽関係者と結婚していた。しかもアメリカの永住権を取得して移住。カヨが既婚者で、更にもう日本にいないとは。

 

 

もう既に今ので少し嫌いになってしまった。僕の悪い癖だ。ちょっとしたことですぐ嫌いになってしまったり、意見をコロッと変えてしまう。

周囲で対立が起きたときもすぐに強い人の味方をしてしまう。自分の身を守る為なら、長いものに巻かれるのが得策だと考えてしまうのだ。例えばそう、ロングヘアーとか。(おぉ〜〜)

 

おわります。

超エリート高学歴爆乳JKの僕が、ゴキブリをクレバーな戦い方で仕留めた話。

 

僕は北海道で生まれて北海道で育った。そして北海道にはゴキブリが殆どいない。

 

僕は本当にゴキブリを見慣れていない。ビビりながら少しはしゃいでしまうくらい見慣れていない。
セルカ棒で一緒に写真を撮りたいくらいはしゃいでしまう。そうやってはしゃいでしまう自分を、心の中で可愛いと思っている。蜘蛛が出てわざとらしい悲鳴をあげる女子中学生と同じである。わざとらしい悲鳴をあげる女子中学生と、それを見てクールに蜘蛛を退治して格好つける女子中学生(ちなみにゲームキャラクターの名前には「✝漆黒の断罪者✝」とかつけてしまう)、そして見慣れないゴキブリを見てはしゃいでしまう僕。これらは大体同じようなものである。頼むから誰か、僕が長々と何について話をしているのか教えてくれ。

 


話をもとに戻そう。

 

先日ベランダで洗濯物を干していると、"見慣れない"黒い物体が足元にいた。奴である。

その数日前に、まだ身体も真っ白で1mmもないくらい小さい赤ちゃんゴキブリを部屋の前で見つけて潰したことがあった。あまり綺麗な表現が出来ないのだが、奇跡的に見つけられたくらい身体の小さなゴキブリを潰した時に、中から色々なものが流れ出し、3億年も生き延びたノウハウがそこに詰まっているということに畏怖を感じた。

その日に僕は「子供がいるくらいなら親もいるだろう」と薄々感じていた。
ただ想像以上に早すぎる。マンガで言うと2巻である。御子息の敵討ちにきたのだ。めちゃくちゃ後ろ向きだったけど。

 

 

たじろいだ僕は武器を探しに部屋へ戻った。だがそこで気がついた。僕の部屋にはゴキブリに立ち向かえる武器がないのだ。スプレーもなければ棒もない。新聞も捨てたし、捕まえられる大きな容器もない。

カナダで大蛇くらい大きいゲジゲジが自室に出た時は、ナッツの入っていた大きめの容器で捕まえて、蓋をしてそのまま捨てた。余談ではあるが、本当に虫が苦手なのに、自分はやらなければいけない時にやるべきことをやれる人間なのだと誇りに思ったのをよく覚えている。ちなみに大蛇は嘘である。ちょっと大きめのミミズくらいだったと思う。

 


結局部屋に何もなく、手ぶらでベランダに戻った。そこにはいつもと変わらないベランダの景色が横たわっていた。逃げられたのである。自分のベランダも隣室(今は空室)のベランダも探したが見つからない。完全に逃したのだ。

どうしたものかと思ったものの、ひとまず武器がなければどうしようもないので武器を調達。「ゴキジェットプロ 秒殺+まちぶせ」。最強である。秒殺できる奴にまちぶせされていて勝てるわけがない。秒殺できる時点で勝てるわけがないのに、まちぶせもされているのである。勝てるわけがない。
まちぶせ機能とは、床が湿るくらいに塗布するだけでそこを通ったゴキブリが数秒後に死ぬというものである。意味不明である。東京都の周りに塗布しようぜ。マジで。

 

ひとまずはそれを持ち、おそらく隣室に逃げたであろうゴキブリ対策に"まちぶせ"をしようと考えた。
隣室のベランダとの境界に、線を引くようにゴキジェットを噴射した。床が湿るくらい噴射した。正直夜遅くで床が湿っているかも分からないので、引くくらい噴射した。結論からいうと中身を半分くらい使った。

ゴキジェットを引くくらい噴射したおかげで、僕のベランダは強烈な刺激臭に包まれていた。鼻の奥が痛くなるくらいの刺激臭。刺すような痛みに涙を流していたその時、僕の大量噴射が功を奏したのか、近くにいなかったはずのゴキブリが隣室のどこかからよろめきながらこちらに向かってきた。塗布したところに乗り上げたところを、僕が更に上からゴキジェットを噴射する作戦である。

塗布したところにゴキブリが乗り上げる。ものすごいパニクるゴキブリ。それを見てものすごいパニクる僕。パニクりながらゴキジェットを噴射する僕。ものすごいへっぴり腰である。パニクりながらも、心の中では何処か冷静な僕もいて、「あぁ、今はものすごいへっぴり腰だなぁ」と思いながら噴射していたのをよく覚えている。

 

 

数秒後、その黒い物体は上を向いて動かなくなった。完全勝利である。作戦勝ちである。ものすごいへっぴり腰でも勝ちは勝ちである。

 


今ではもはやあらゆるものに無意味にビビりまくっている。風圧でぴょんと跳ねるワタゴミにも、自分で引くくらいビビったりしている。足の親指を動かしていたのが視界に入り、それをゴキブリだと勘違いして身構えたりしている。そうやってビビりまくっている自分を、心の中で可愛いと思っている。文句のある奴は出てこい。ゴキジェットで明日の朝日も拝めなくしてやる(しかもクレバーな戦い方で)

 

ブログに何書こう問題

僕の好きな映画の一つにベティ・ブルーというものがある。自由奔放なベティと、ベティを愛するゾルグの二人が、深い愛ゆえに壊れていく悲しいストーリーだ。
タイトルからも分かるように、壊れていくベティを主軸に置いた二人の物語と捉えられがちだが、僕はそうは思わない。

 


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ベティは元々めちゃくちゃ頭がおかしい。よく「自由奔放」と表現されるが、アレが「自由奔放」だなんてたまったもんじゃない。板垣退助もビックリである。そんなベティのゾルグへの愛にも美しさはあるが、壊れていく姿は必然的なもののように見える。ヤンチャな奴が不良になるのと同じように、どうにかなっていた病人がどうにもならない病人になったようなものである。そこには必然性しかない。

 

注目すべきはゾルグの方である。ゾルグは比較的まともな人間だったが、ベティと出会い、ベティを愛する一心で果ては犯罪まで行き着く。比較的まともなゾルグが壊れていく様子は、チープな表現をするなら悲しさしかない。同時に、ただただ純粋な「ベティへの愛」で壊れていく美しさも包含している。

 

「ベティ・ブルー」という映画は、ベティを主軸に置いた二人の物語ではない。ベティを愛したゾルグという男の物語である。とても重い映画だが、考えさせられる映画だ。一度ご覧になることはあまりオススメしない。しないのかよ。

 



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閑話休題。記事タイトルの話。
僕は今困っている。

 

ブログに何を書こうか困っている。

 

書こうとしていた記事といくつかの下書きはある。真面目なブログ、というか自分の考えていることをひたすら書こうとしていたので、下書きもその類だ。

 


話はそれるが、僕は推敲をとても重視している。
下書きしてから公開するまで10回以上は読み直す。公開するギリギリまで書き直す。一文字二文字のレベルで何回も書き直す。言葉や文字に特別強い想いを持っていて、一文字一文字まで魂をこめられるように努力している(実際には中々うまくいかない)。

 

手元にある下書きを推敲すること3度目。僕はあることに気がついた。

 


クソほど面白くない。引くほど面白くないのだ。というかもはや腹が立つ。記事の内容がめちゃくちゃ嫌な奴である。僕の普段考えていることを書いているので僕がめちゃくちゃ嫌な奴なのである。それは今言わなくてもいい。やめなさい。

 

 

僕は合理性を重視する面が強い。人が感情を重視する場面で合理的な選択を取ろうとすることもある。それゆえ親しい友人にはよく「お前はロボットだ」と言われる。
就活で「あなたのキャッチコピーを教えてください」という質問に対して「人と機械のハイブリッド」と答えた。説明を求められて「優しさ、気遣いという人ならではの側面も持っていながら、機械のようにストイックに努力出来るからです。具体的には云々」と答えた。ただ友人からは「人だけど半分機械みたいに冷たいからだろう」と揶揄された。何も言い返さない僕がいた。半分機械だから何も感じていない。面接は通過した。

 

そんな半分ロボット人間の考えていることを書くと、当然ロクなことにはならない。読み手が気分を悪くしそうなことを書いてしまう。それだけなら推敲でどうにかなるが、偏っている考え方だからこそ、その内容を含めずに表現することがどうにも難しい。

 

今まで書いてきたブログでは、あまり真面目な内容を取り扱ってこなかった。
人が不快にならないであろう書き方、人に引かれないであろう書き方で自分の考えを伝えることが出来なかったからだ。

いつしか「読んでいて面白い」ようなブログを目指すようになった。ただいつもある程度の記事数で更新をやめてしまう。読んでいて面白いブログを書くのには相当エネルギーを使う。始まりから終わりまでの流れ、記事のネタ、考えることがたくさんあった。

 

そうしてブログから離れてしばらくすると、「自分の考えや経験を伝えたい」という気持ちが次第に湧き上がり始める。その欲求に負けてブログをまた始めてみる。最初の数記事を簡単に書いてみる。そこそこ評判がいい。思い切って自分の考えを書いてみる。嫌な内容になってしまう。結局「読んでいて面白いブログ」を目指すようになり、すぐ更新をやめてしまう。その繰り返しだ。

 


今の僕はとっても「自分の考えを伝えるブログ」を書きたい。でも悪い表現問題をどう解決するかで考えあぐねている。そのまま悪い表現で書くというのも一種の解決方法だとも思っている。
とにかく「読んでいて面白いブログ」はもう目指したくない。書いている僕が幸せではないし、すぐに更新の終わるブログは読む側も幸せにはしない。今はずっと「読んでくれている人の気分を害してはいけないのではないか」という気持ちと、「悪い表現のままでも自分の考えを書きたい」という気持ちとの葛藤の中にいる。

 

ベティのようにとは言わないが、「悪い表現のままでも自分の考えを書きたい」と僕が思う時、読んでくれている人に対して、ゾルグのようにめちゃくちゃな僕の考えを許容してほしいと心の何処かで思っているのかもしれない。利己的でワガママな話。

愛していたJetstarにボコられた話

 

久々にキレてる。

8月11日に東京から札幌へ帰省した。
僕は時間に余裕を見て行動するタイプなので出発の2時間前に空港に着いた。ご飯を食べておみやげを買い、1時間前に搭乗ゲートを通ってゆっくりするプランだった。

 

来る途中に買うおみやげを決めたからゆっくり昼食をとった。1時間前にチケットを発券しに行った(おみやげ屋さんも近くにある)。チケット発券機でエラーが出て「お近くの係員までお知らせください」とある。嫌な予感がする。


近くにいた係員に伝えると、「こちらにお並びください」と荷物を預ける人たちの行列に並ばされた。預ける荷物も無いのにだ。搭乗ゲートが閉まるまであと30分もある。なら良いかと並び続けて20分。いっこうに自分の番が来ない。いよいよマズい。すると外から「札幌行きのお客様いらっしゃいますかー」との声。手を挙げる僕。こちらへどうぞと案内される。初めに誘導された列は全く無関係の列だったのだ。マジでクソである。20分返してほしい。

 

カウンターで事情を伝える。旅程表のメールと身分証を見せてくださいとのこと。スマホと免許証を渡す。チケットと共に返される。「お時間ございませんので急いで搭乗ゲートへお向かいください」と。誰のせいだ。


旅程表を確認しようと歩きながらメールを探す。無い。さっきまであった旅程表メールが無い。カウンターで削除されたようだ。意味が分からない。本当に意味が分からない。帰りの便の時間ももう分からない。意味が分からない。

 

搭乗ゲートに着いたのが締め切り時間ちょうどくらい。案内のお兄さんが怒鳴る。「札幌行きのお客様!!!お時間ございませんのでこちらの優先ゲートからご搭乗ください!!」。お兄さんにチケットを見せる。半ギレで案内される。「半ギレな気がした」ではなく、本当に「半ギレ」である。意味が分からない。キレたいのはこっちだ。

 

 

結局おみやげは買えなかった。特別なおみやげなのにだ。友達にあげるでも、家族にあげるでもない、あげること自体に意味のあるおみやげを買えなかったのだ。おまけに日サロで焼きたがりそうなアンちゃんに半ギレされたのだ。日サロで焼くのは悪いことではないが、迷惑かけた客に更にキレるのは悪いことだ。納得がいかない。日サロのあのカプセルみたいなのから一生出てくんな。

 

マジでクソである。というか意味が分からない。意味が分からない of 意味が分からない、King of 意味が分からないである。意味が分からない史上最も意味が分からない。意味が分からない界のカイザーである。もはや僕の言っていることの意味が分からない。これは困った。もはや僕が何を言っているのかすら分からないのである。

 

Jetstarはクソである。

 

いつだったかに付き合っていた恋人が、今ではJetstarで働いているらしい。

 

改めて言う。Jetstarはクソである。