ITの発展に人々の理解が追いついていない話
大学生の頃、「IT企業はブラックが多い」という話を聞いて、「ITの成長スピードに人々の理解が追いついていないだけなんじゃね?」とよく思っていた。
そして現在都内のIT企業で働いていて、最近当時のようなことを改めて感じることがあったので、ちょっと書いてみようと思う。
今回の記事は、タイトルにあるようなことを書くというより、日記に近いものになる旨マジお含みおき。
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少し前の話だが、弊社としてもデカい案件に、幸運ながらアサインされた。
当時3年目だった僕は、ようやく仕事の意味が分かり始め、おっぱいのことを考えずに仕事が出来るようになり始めていた。
ある日突然課長に呼び出され、会議室に連れられた。
僕は皆目見当もつかず、「え!?マジ?異動!?まだおっぱいのことしか考えてないのに!?マジで!?」と結構ビビっていたのを覚えている。
その案件は部長会議で決まったことで、課長もあまり知らなかったらしい。
「僕もあまり知らないんだけどさ、なんか部長会議で全社員でアミダくじやったら君になったからさ。」と言われた。
転勤の覚悟で来ていた僕は、ビビって咄嗟に「お、お、おおおっぱい!?(右乳)」と答えた。
そんな具合で右も左も分からぬまま(うまい!)放り込まれた案件で、せっせこ僕は仕事していた。
全社から寄せ集められたすげーパイセンばかりで、チームにいるだけで緊張した。
チームメンバーは僕以外ベテランで、きっと選ばれるのだから能力も高いだろう。
でも僕には「若手でアサインされた自負」があったので、舐められた時点で自負から能力から気概から全て否定される気がしていた。
自己紹介で、皆やってきた案件の話をした。
一方僕はやってきた案件が殆どない。おっぱいのことばかり考えていたからだ。
何を言おう。迷った結果一発ジャブを入れてみようと思った。
「経験や技術は皆さんに劣りますが、考える能力だけは皆さんと対等に渡り合えると本気で思っています。」
おぉ〜〜と声が上がった。
非常に好意的な面々で助かった。今考えると、少年マンガだったら実家がバキの家みたいにされていたな。
出典:『グラップラー刃牙』 9巻
案件の中でもなんとか良く評価してもらい、あるチームのリーダーとして他社のメンバの取りまとめをやっていた。
この時はもうよく働いた。
月の半分くらいは日を跨いで退社していたし、22時前に帰れる日なんか無い。
ピーク時は毎週木曜深夜〜金曜にキッチリとパンクし、トイレの床で1時間座り込んでいたり、画面のフチを見ながら何時間も硬直していた。前日の記憶も途切れ途切れの有様だった。
帰宅したら手付かずのコンビニ弁当が置いてあった時は流石にビビったな。
部屋も荒らされているし泥棒が入ったかと思ったけど、部屋が汚いのはずいぶん前からだったらしい。どうやらあまり記憶に無い。
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残業を減らすコツは「その日にやらなきゃいけないことだけをやること。」とよく言われるが、ここまでくると、「その日にやらなきゃいけないこと」が毎日無限に生まれてくる。
常に僕を待っている人と僕を待っているタスクがあり、それをこなすと夜になる。
翌朝、他のメンバが動いてくれている時に昨日持ち越したタスクをやり、昼頃にはボールが帰ってくる。
そんな状況でパンクすると、めちゃくちゃ優しいメンバのおじさん達が声をかけてくれる。
「働きすぎ。休むってことを考えなさい。一旦今日は帰って、残タスクは土日に回しなさい。」
全員パンク寸前なので全て巻き取ることは難しい。
今日の僕のフォローは、間違いなく明日の僕がするのである。
結局僕は、ちょっぴり妥協して22時に帰る。
当時は本当によく働いたなぁ。
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この案件は非常に短納期で、スーパー順調に行ってギリギリセーフくらいのスケジュールだった。
その中でも(可能な範囲で)入念なテストを十一寸こなし、本番開始。久々に見る大雨の日だった。
夜になり、本番結果が出た。未知のエラーが出ているが、そんなもの想定の範囲だ。冷静になってよく見てみる。
大量に出ている。エラーが。大量に出ているのだ。テストをしていたのに。大量に。エラーが。大量に。本番で。エラーが。大量に。出てるの。エラー。本番で。大量に。
出典:『バキ』 13巻
訳が分からないが足踏みしている時間が惜しい。
すぐに対応する。どうやら他でも想定外のことが起きているらしい、この範囲は僕が頑張ろう。
あぁもうこんな時間。帰宅ラッシュの交通機関が、なんだか逆に恋しいな。
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ごきげんよう翌日。頭が痛い。
何しに東京出てきたんだっけ。母さん風邪引いてないかな。
バタバタしていると気付けば20時。そろそろ臨時の打ち合わせ。
これをこうしてこうやって、これをやって、来週に追加でこのスケジュール。
他社のメンバに連絡して、ここ調整して、え?あ、これもやってくださいってね了解しました。じゃあそれやって、あれ、なんだ、ぼんやりする。パーン。
22時半。気付いたらトイレの床に座り込む自分。打ち合わせの後半のことが、思い出せない。
朦朧としながら帰宅してベッドに入る。
おしっこがしたいのに、何かがおかしい。身体が重くて動かない。
これが万有引力、リンゴいらずのブラックニュートン。
翌朝起きるが全く何も考えられない。
幸か不幸か自分のタスクも思い出せないので、午後の来客に合わせて出社することにした。今日は金曜、駆け抜けたら一度休める。
こうやって休めて、月曜からまた走り出せちゃうんだろうな。
父さんはこうやって僕の学費稼いでいたんだ。
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僕のチームが落ち着いて、別チームがバタバタしていた頃、これもまたなんとも言えない苦しさがあった。
僕のチームが落ち着いた後、僕は別チームにメンバとして入っていた。
自チームの活動で何度もパンクしていた僕は、簡単なタスクを1つこなすことしか出来なかった。
1つのタスクが生じる。それが難しい(と言っても一般人ならこなせる難易度だ)のならその時点で頭が熱くなり、文字の読み書きが出来なくなる。
そのタスクが簡単であれば少しずつ着手できるが、2つ目のタスクが生じた時点で、難易度に関わらず片方のタスクが一瞬にして頭の中から消える。
忘れるというより、完全に消える。
これはマズいと思い、2つ目のタスクが生じた時点ですぐさまメモを取る。
すると今度は頭が熱くなり、文字の読み書きが出来なくなる。
頑張った末に能無しになる。
「考える能力に長けている」ことを支えに生きてきた凡人の僕が、考えることすら出来ない。こんなに悲しくて苦しい世界があるんだと、その時初めて知った。
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こうなるともう役立たずだ。
皆が死ぬほど動いているとき、僕は幼稚園レベルのタスクを1つこなすだけで頭を抱えて、程々にして帰宅した。
動けていた自分を知っていて、考えていた自分を知っているだけに、どうしようもなく惨めに思った。
いつか昔みたいに物事を考えられるようになるのか。
もしかしたら今後も、難しいことを考えると頭が熱くなり、文字の1つも読めなくなるのか。それだけが、ただただ怖い。
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ピーク時には考える余裕も無かったが、最近ふと「本番でめちゃめちゃエラーが出たのってなんでだろう。」と考え出した。
青色のジャージに着替え、アコギを担ぐ僕。(テツじゃなくて、トモなんだね。)
僕が作ったわけではないが、テストケースはイレギュラーなものも想定して作られていた。
本番で出たエラーは、想定を超えたイレギュラーによるものだ。
シンプルに言ってしまえばテストケース漏れとも言えるが、「頓珍漢なパターンも考慮し、全パターンを網羅したテストケースを作成、実施する時間」を考えると中々現実的ではない。
色々考えたものの、この案件で脳みそが溶けておじいちゃん並の知能しか発揮できなくなっていた僕は、結局「なんでこんなに短納期なのか」ということにキレていた。
そもそも定時退社を基準に、1.5〜2倍の働きを全員がしてギリギリ予定通りなんだよな。じゃあその「予定」はどう決まるかと言えば、各種方々ご期待ご要望にお応えして決まる。
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弊社に対する皆様からの印象は世を忍ぶ仮の姿であって、実体は、全社員パツパツの負荷、社内ムーブメントは創立時から変わらず、ベストセラーは蟹工船、毎日マッチを売ってなんとかその日を生き延びている。
そんな具合なものだから、この案件に限らず、いつも人の割に合わない短納期で、更に想定外の展開に見舞われてザリガニレベルの泥臭さでなんとかお客様の笑顔を見ている。
他の案件でも、納期は各種方々ご期待ご要望にお応えして決まる。
機械がぶっ壊れたり、企業のルールが変わったり、国のルールが変わったり、東京の真ん中らへんにいる爺ちゃんが引退して、年の数え方が変わったり。
スケジュールの中で想定外のことが起きた時、大抵は低反発マットレスマンの僕たちがそのギャップを吸収する。
工場の機械がぶっ壊れた。マシン自体の到着が遅れます。でも東京の真ん中らへんにいる爺ちゃんは5月1日に引退します。
そんな時は僕たち低反発マットレスマンの出番である。
着手遅れは全て吸収。作業期間の短縮なんて、僕たちの手にかかればお茶の子さいさい奇々怪々、奇妙奇天烈樹木希林だ。
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スケジュールの段階から、「あれ?無茶じゃね?」という案件に飛び込んだことがある。
駆け出し低反発マットレスマンの僕もそろそろ具合が分かってきて、「これをどうにかするんだなぁ。」などとぼんやり考えていた。
作業開始直前、一報が届く。
どうやら工場の不調でマシンが遅れるらしい。しかもめちゃくちゃ遅れるらしい。
納期は後ろ倒しに出来ないし、かといって要員を追加できる訳でもない。
結局メンバ全員で「裏蓮華をキメた後のロック・リー」みたいな顔をしながらなんとか予定通り完遂した。
出典:『NARUTO』 10巻
最近は人々の理解も追いついてきて、「流石に無理です」みたいな言葉も聞き入れてもらえることが増えた気がする。
確かに、僕たちが昔聞いた「ブラックIT企業」の話って、お客様から管理職まで、登場人物全員に「いや、言ったらやれるでしょ?」みたいな意識があった気がするんだよな。
今後も少しずつ理解されてくるとは思うけど、ITの発展スピードの弊害って、意外とこういう「無知、故の無茶」みたいな要望に出てくるんじゃないかと思うんですよね。
そりゃあいくらダダこねたって、パイナップルを冬に作るのは無理な話なんだよなぁ。
おしまい。