「日本人だからシャイ」じゃねぇよ、じゃあ欧米人は全員声がでけぇのかアホ
最近、数年ぶりに英語の勉強を再開した。
僕は学問としての英語が大の苦手で、センター試験なるものは、実質的にはロト6状態であった。
加えて国立大学様様は、ご丁寧にも二次試験として記述式の英語をご用意してくださっている。
記述となれば、もはや年末ジャンボの方が期待できるという具合に、僕は英語が苦手であった。
久し振りに英語の勉強をしてみると、なるほど英語というものは、思っていた以上に奥が深い。
英語に関するエピソード、思い返すと色々あるなぁ。
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僕は大学時代、英語の苦手意識克服のために、カナダで一年過ごすことにした。
アルバイトを2, 3ほど掛け持ちし、費用を自分で用意した。
手続きも自分で進め、単身でカナダに渡った。
人生初の海外で、当然英語は分からない。
入国手続きをする黒人が、手続きミスったまま僕のことを一人にして空港に放り出すもんだから、初日からおしっこジョボジョボ漏らしたしそのまま帰ろうかとも思っちゃったな。
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最初の2ヶ月はカナダ人の家にホームステイをし、並行して語学学校に通っていた。
その後外国人とルームシェアをし、「人の住むところじゃねぇ。」と言われていた地域に住んで、深夜のバスでLil Jonみたいな黒人達に囲まれたりもしたが、残念ながら今回その話は出てこない。
出典:YEAH!:LIL JONとクランク - RED BULL MUSIC ACADEMY
英語がなんとか分かるようになるまで、3ヶ月ほど要したと思う。
これまでが本当に地獄で、「マジで僕はここで死ぬんじゃないか。」とすら思った。
全員何を言っているか分からないし、たまたま聞き取れたかと思えば今度は僕の口が「Yes」しか発さない。
そんな具合で「Yes」だけ言い続けていると、気付いたらキリスト教徒のミサに連れられ、聖歌隊エリアのようなスペースで初耳の聖歌を歌わされていた。
おぉ、神よ。この様子を見ているのなら僕をお家に帰して下さい。
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元々の性格もあり、僕は日々鬱屈とした。
唯一の楽しみと言えば、大好きなバットマンの映画を観る時間だ。
あれはいい。相変わらず何を言っているのか理解できないが、彼らは決まりきったように振る舞う。
どれだけ鬱屈としていても、どれだけ世界の全てが理解できなくとも、彼らだけはいつも決まったように振る舞い、決まったように闘い、決まったように決めゼリフを吐いた。
「分かる」ということだけが、僕にとっての救いだった。
ある時、鬱屈としている僕を心配した同居人が声をかけてきた。
彼が言うには、僕がバットマンを観続けているから気分が鬱屈としているとのことだった。
おいおい、勘弁してくれ。この世界からバットマンが無くなったらマジでジョーカーみたいになっちまう。
「Just I like Batman. That's it.」
半ギレで答えた。
今後死ぬまで「ただバットマンが好き。それだけだ。」なんて言うことは無いだろう。
どうにか僕は白塗りを免れた。
'Dark Knight' fan theory paints The Joker as a misunderstood hero - Mashable
語学学校では、入学時にクラス分けの試験を受ける。リスニング、ライティング、リーディング、英文法だ。
リスニングは相変わらず理解できないし、ライティングもただの英作文だったのだが、リーディングと英文法の問題を見て僕は唖然とした。
クソ簡単なのだ。鬼クソ簡単なのである。
英語が苦手と言っても、一応は普通に受験勉強をしていた身である。
日本独特の「文章・文法偏重主義」のおかげで、一般的な外国人用試験の英文はサクサク読める。
英文法も殆どが基本レベルだし、差を付けたい問題から引っ掛けまで、作成者の意図も丸見えだった。
おぉ、見える見える。この問題は引っ掛けだ。
高校時代にまんまと引っ掛かって、女教師に「あなた、授業寝てるだけじゃなくて本当に英語の勉強するつもりがないのね。」と言われたのを思い出す。
そのキツい性格、嫌いじゃないぞ、マリ。
◆
日本の偏った英語教育のおかげもあって、日本では英語ダメダメ君だった僕が、学校内で上から2番目のクラスに振り分けられた。
これが地獄の始まりとも知らない当時の僕は鼻高々だった。
スピーキングクラスで一緒になった、リア・ディゾンのようにグラマラスな日本人女性に、「あなたは私より英語出来るじゃない!You can do it! You can do it!!」と乗せられたりもした。
“和製リア・ディゾンよりも英語の出来る僕”が、グループを代表して颯爽と立ち上がり、堂々とダンマリを決め込んだのは今思い出しても甘酸っぱい。
◆
ある日、授業終わりに語学学校の偉いジジィに呼び出された。
向かってみると、色んな国の生徒、男女混じり混じりで10人程度集まっていた。
全員集まったことを確認して、偉いジジィが英語でペラペラ喋りだす。1ミリも理解できない。
「まぁこんな普通のスピードで話されたら皆理解できないだろ〜。つーか腹減ったなぁ〜。ハンバーガー食いてぇ〜。」などと、和製リア・ディゾンよりも英語の出来る男は考えていた。
後から知ったのだが、どうやら呼ばれていたのはある程度上位のクラスの生徒だったらしい。
様々な国籍の生徒にサンプルの試験を受けさせて、データを取りたいと言った旨の話だった。
「日本人以外の上位クラス所属者」ということは、皆リスニングもかなり出来る。
「Do you have any questions?」ジジィが言った。
「分かったよ!」「オッケー!」口々に答える。
どうやら理解できていないのは僕だけだったらしい。
和製リア・ディゾンよりも英語の出来る日本人が、ド真ん中で手を挙げた。
「I couldn't understand.」
しばし沈黙。
「どのへんが?」ジジィが聞く。
窓の外では黒い雲がもくもくと泳ぐ。
もうハンバーガーのことなど考えていないその日本人は、脳みその引き出しを全て開け、知っている英単語を絞り出した。
「Everything.」
「Oh...」
ジジィは失笑した。
◆
数日後、本当の地獄が始まった。
別にジジィに失笑されてもヘラヘラしていればいいし、聖歌隊として歌わされてもそれっぽいタイミングで「ハ~レ~ルヤ~」と言えばどうにかなる。
よく分からんが聖歌はしきりに「ハレルヤ」と言いやがる。
キリスト教徒は「ハレルヤ」と言っておけばどうにでもなると思っているらしい。
クソつまんねぇ大学生の「ワンチャン」と同じである。キリスト教徒の「ハレルヤ」はクソつまんねぇ大学生の「ワンチャン」なのだ。これ宗教学のテストに出ます。ワンチャン単位取ってください。そしてもう二度と僕に関わらないでください。
◆
担任の教師は若い女性だった。
マハラジャという名前を聞いて、「いや、『疾風伝説 特攻の拓』に出てきた暴走族の魔覇裸邪ぶりに聞いたわ。つーか実在すんのかよ。」と、心の中でしっかりツッコミを入れた。
後で知ることになるのだが、生徒からかなり不評な教師だった。
授業を受けていて「コイツやべぇな。」とは思っていたが、どうやら「やべぇ。」という感性は万国共通らしい。
相変わらず猛スピードで話すので殆ど理解できなかったが、こえー彼氏がいてこえー男友達がいるのだけは分かった。
こえー彼氏とこえー男友達と三人で飲んでる時にスマホを盗まれそうになった話を聞いて、「いや、盗もうとした奴がハードラックとダンスっちまったんかい。」と、しっかりツッコミを入れた。心の中で。
出典:『疾風伝説 特攻の拓』46話
しばらく過ごせば「英語を英語として理解して、そのまま英語として返答する。」ことが出来るようになるのだが、渡航当初はそうもいかない。
渡航したばかりの僕の頭の中では、「聞いた英語を日本語に翻訳して、日本語で理解して、思考する。」というプロセスを繰り返していた。
その状態で猛スピードの英語シャワーを浴びるため、常に、僕が理解した時点では既に別の話が始まっている状態だった。
気付いたらグループワークが始まっていて、意味も分からないまま他の人の答えをパクって「Camel.(ラクダ)」と答えたのをめちゃくちゃ覚えている。
「Why?」と聞かれて、(俺だって知りてぇよ。)と思いながら、適当に「Because that's easy.」と答えたら勝手に納得してくれた。
そうそう!全然ワークの内容知らないけど答えは皆の心の中にあるのよ!!そういうことでヨロシク!
◆
こんなクソみたいな小細工はいつまでも通用しない。
頭の中で話されている内容を翻訳していたら、マハラジャにいきなり名前を呼ばれた。
どうやら何かに答えなければいけないらしい。
当然僕の頭はそこまで追い付いていないので、何を聞かれているのか、何を答えるのか分からなかった。
どうしようもなかったので、ひとまず「I can't understand.」と答えた。
マハラジャの顔が引きつる。
まさしく「ハードラックとダンスっちまったな。」と思っていた僕に、マハラジャからの追撃。
「答えが分からないってこと?質問が分からないってこと?」
半ギレである。
「…質問が分からない。」
おそるおそるマハラジャの顔を見る僕。
完全に「バス停を引きずって来た時の武丸」と同じ目をしていた。*1
そのまま捲し立てるマハラジャ。
マハラジャ「なんで言わないの!?」
僕「…」
マハラジャ「なんで分かんない時に分かんないって言わないの!?」
僕「…」
スペイン人17歳チャラチャライケメン「ヒュ~!!」
僕「…」
マハラジャ「分かんない時は、その時に分かりませんって言わなきゃダメじゃない!?」
僕「…」
クラスメイト「…」
マハラジャ「なんでシャイになるの!?ドンビーシャイ!ドンビーシャイ!!」
僕「…(は?Don't be shyって言った?コイツ今、Don't be shyって言ったよな?)」
言い返せる立場にないのは重々承知だが、「日本人だからシャイ」と決めつけられた気がした。なんだかモヤモヤした。
僕「僕はシャイじゃない。僕はここに来て7日目になる。僕は英語が不得意だから、人が英語で喋ったのを頭で翻訳して、理解しないと分からない。」
マハラジャ「…」
僕「あなたが話して、それを翻訳して、理解したころには次の話。分からないことに分かった時点ではもう別の話をしている。分からない時に分かりませんと言わなきゃいけないなら、一秒一秒、全部僕は分かっていない。」
マハラジャ「…」
僕「僕のレベルがクラスに追い付いていないからだし、僕が悪いのは分かってる。でも僕はシャイじゃない。別に喋れないだけ。」
マハラジャ「…OK.」
初めてまともに英語を喋った。自分でも少し驚いた。
アジア人のクラスメイトが頷いてくれていたのを覚えている。冷やかしたスペイン人は微妙な顔をしていた。
「日本人だからシャイ」みたいな、「若いから根性がない」みたいな、「おっさんだから時代遅れ」みたいな、ステレオタイプに括る人間を僕は軽蔑する。
もしかしたら、心の何処かでストレスのはけ口を探していただけなのかもしれない。
◆
翌日、違和感に気付く。
本当は、言い返した後の雰囲気から薄々気付いていた。
総スルー。マハラジャ、総スルーである。
マハラジャに僕は見えていない。これは効いた。
当てられもしない。話しかけられもしない。こっちを見ること自体ない。
マハラジャにとって、完全に僕は「見えないクン」だった。*2
こうなると授業も、僕にとっては座っているだけだった。会話のボールは全部僕の頭上を行ったり来たり。
宿題が出る。問題が出る。問題に答える。解説する。理解しているか確認する。
全てのやり取りは、マハラジャと僕以外のクラスメイトで完結していた。
こうなるとクラスメイトも僕を腫れ物のように扱って、挨拶しているのかどうかすらも怪しい状態だった。
◆
同じクラスに韓国人の美女がいた。これがまたルックスだけじゃなく、性格も抜群に良かった。
グループワークの時、皆色々な人とグループを作る。
その度に僕は棒立ちしていたのだが、この美女が毎回「おい!こっちに来い!」と言ってグループに入れてくれた。
優しすぎ。天使ですか?
グループワークでも相変わらず着いていけないのだが、この美女はいつも「大丈夫?」とか、「喋ってみて!」とか、僕のことを気にかけてくれた。
いや、好きです。普通に。
1, 2週間耐えてはみたが、状況は変わらず、自分のためにもクラスのためにも良くないと思い、レベルを下げてもらうよう偉いジジィに依頼した。
ちっぽけな自尊心は擦切り一杯残っていたが、時間もお金も無駄だと思った。
◆
移動先のクラスはとてもよかった。相変わらず話せないが、何を言っているかは分かる。
クラスメイトは皆優しかったし、僕が何も話さないにも関わらず、根気よく声をかけてくれ、根気よく遊びに誘ってくれた。
この時のクラスメイトは今でも本当に大切な友達だし、いつまでもずっと感謝している。
そんな具合にのらりくらりと数ヶ月。その頃には僕も、なんとか英語で意思疎通を取れるようになっていた。
ある日の学校で、前のクラスで同じだった例の美女を見かけた。
聞いたところによると彼女は今日で学校を卒業するらしく、色々な人に寄せ書きを書いてもらっていた。
クラスを移ってから一度も会話をしたことはなかったが、彼女はこちらに気付いて歩み寄ってくれた。
覚えていてくれたことだけで嬉しかった。
でも嬉しいと思うだけじゃダメだ。だって今の僕は、英語が話せる。
彼女の寄せ書きを書きながら、当時の感謝を伝えた。
当時、とても感謝していたこと。英語が話せなくてそれを伝えられなかったこと。時間が経っても当時の感謝を伝えたいとずっと考えていたこと。
拙いけれど、しっかり、全て伝えた。
寄せ書きを書き終えて、握手をして別れを告げた。
もくもくと泳いでいた黒い雲から、陽が差したようだった。
最後に彼女とFacebookで友達になった。
彼女は韓国に、超絶イケメンの婚約者がいた。
雨雲は、想像以上に分厚いものだ。
僕はすぐに学校を辞めた。
◆
元々日本でもベラベラ喋るタイプでは無かったので、カナダでは本当にしょっちゅう「Don't be shy.」と言われた。
途中からはもうどうでもよくなっていたので聞き流していたけど、「日本人」「あまり雑談をしない」の2要素が揃った時点で、自動的に「シャイ」に分類されるの、普通に意味分からなすぎるよな。
「Don't be shy.」ってよく言ってきたカナダ人に、「昨日何してた?」って聞かれてさ。
ダルいけどたまには良いかと思って、「酒飲んだ、酔っ払った。」って答えたら、「もちろん酔っ払うね、だって酒を飲んでるんだから。」とか言われて。
そのさ、お前らのそのさ、隙あらばアメジョ挟む癖どうにかなんねぇのかな。
何をウィットに丸く収めてるんじゃ。カスが。
俺には「シャイな日本人」か「大喜利の題材」のルートしか残ってねぇのかよ。ボケ。85点。
まぁいい。気にすることはない。欧米人は全員声がデカいだけで何言ってるか分かんねぇしな。
そろそろ日本語で喋ってくれや。以上、よろしく。